みんなとつくる、みんなの居場所

長谷川 孝 Takashi Hasegawa

みんなの工場
施設事務局
2023年⼊社/北海道出身

みんなとつくる、みんなの居場所

「たかちゃん」の愛称で親しまれている長谷川孝。北海道砂川市に「みんなの工場」がオープンするときに入社しました。小学校の校長を定年退職したあとにSHIROに入社したという異色の経歴の持ち主です。SHIROは2022年に定年退職制度を撤廃しました。従業員が年齢にとらわれることなく、自由にキャリアをデザインできる環境を提供しています。長谷川は、教育者として働いた経験の中で培った知見を再び社会の中で活かし、いきいきと働いています。

校長先生から地域の案内人へ

みんなの工場」に入ると、差し込む光が美しい大きなホールがあります。その左手にあるインフォメーションのカウンターが、彼の定位置です。でも、そこにいることは珍しく、建物の中を、外を、動き回っています。 工場見学ツアーのガイドとしてお客様をご案内したり、SHIRO農園で土を耕したり、コナラやミズナラなど砂川の在来種の種に水やりをしていたり。冬になると、工場の周辺にかまくらづくりと、長谷川はいつも笑顔で走り回っているのです。

「これが本当に仕事と言えるのか、確信はないのですが……」

と長谷川。校長になる以前、「旧:北海道立砂川少年自然の家」(通称「ネイパル砂川」以下、「砂川少年自然の家」)の職員として働いた経験もフルに活用して、子どもたちが自然と触れ合いながら遊び、そして学ぶ場を提供しています。その取り組みは子どもたちだけでなく、保護者の大人たち、さらに、他県から訪れたお客様も楽しませているようです。

先生になると決めた日

長谷川は砂川市に隣接する歌志内市で生まれ育ちました。高校卒業後に歌志内市役所に就職し、税務課に勤務。転機は、異動した「歌志内市公民館(現:歌志内市コミュニティセンター)」で働いていたときに訪れました。ここでは年配の方々の生涯学習に携わり、当時20代だった長谷川を、年配の方々は親しみを込めて「先生」と呼びました。自分としては講師と生徒を仲介しているに過ぎないので、先生と呼ばれることをむず痒いと感じましたが、一方でこれまでの市役所の仕事とは異なり、自分の仕事が目の前の人たちの役に立ち、喜びを提供できている実感を得ることができました。なんとなく市役所職員として定年まで勤め上げるものだと思っていた長谷川でしたが、本当に先生になることを決め、通信教育で教員免許を取得します。

30代を小学校の教員として過ごし、40代は国立・道立の少年自然の家の職員として働きました。「砂川少年自然の家」の在職中に企画した、小中学生向けの職業体験イベント「みんなのトゥモロー」で訪れたのがSHIRO(当時LAUREL)の工場でした。工場見学をした子どもたちは、発表会で「フルーツバスパーラー」という製品を提案します。フルーツの形をした容器に、入浴剤が入っているというアイデア。ここまではよくある話です。しかしそこで終わらないのがLAURELです。「フルーツバスパーラー」は、実際に製品化され、砂川市内のスーパーマーケットにも並びました。

みんながつないだ再会

50代になり小学校に戻って教頭、校長を務めた長谷川は、再びSHIROと出会います。定年退職を2年後に控えた2021年、「みんなの工場」をつくるにあたり幅広く市民の声を聞くために「みんなのすながわプロジェクト」がスタートしました。長谷川はメンバーの一人としてワークショップなどに参加。そしてまるで彼が小学校校長を退職するのを待っていたかのように、退職した翌月に「みんなの工場」がオープンし、長谷川はそこで働き始めました。校長経験者としては異例の再就職先です。きっと、運命だったのでしょう。

登山などアウトドアが大好きな長谷川にとって、「みんなの工場」での仕事は、「砂川少年自然の家」や小学校での経験の延長線上にあります。自分の得意なことを活かして、お客様を喜ばせるために、自分だからできることを探し、実践し続ける長谷川。20代のスタッフとともに、挑戦し続けている姿が印象的でした。
「みんなのトゥモロー」がきっかけでSHIROと出会い、「みんなのすながわプロジェクト」に参加し、「みんなの工場」で働いている長谷川。今、自分がやりたい仕事ができていると言います。仕事の話を聞いた日は熱心にかまくらをつくっていました。すると関西から来たというお客様が遠くから興味深そうに長谷川たちを見ています。すかさず声をかけてスコップを手渡すと、はじめての雪遊びにお客様は大はしゃぎ。「みんなの工場」を訪れたら、ぜひ「たかちゃん」と声をかけてみてください。

「長谷川 孝」が関わるプロジェクト

WRITER & PHOTOGRAPHER : SHIN SASAKI

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